top of page

なぜ、大東流の稽古を

なぜ、

大東流の稽古をしているのか。

それは、もちろん

おもしろいからです。(笑)

何がおもしろいのか。

ひとそれぞれあると思いますが、

私的にはやはり、

「一般的にこうだろう。。と

思われていることが、 

実はそうではない。」

ということを

「大東流の型稽古を通して

体験できる。」

からではないかと感じます。

入門当初は、

「単純に

その不思議さを解明しなくては」

という気持ちが強かったのですが、

今はその不思議さに、

「今までの人生にはない未知の

可能性を感じるほど。」です。

そこには、

「自由さ」があるようにも感じます。

また

その自由さは、

瞬間瞬間を渡り合い、

相手から自らの身を守るという

武術的観点からも

必須のように思います。

最新記事

すべて表示

春が一気にすすんで 菜の花が開花しているのを 見て楽しむだけでなく、 今年は摘んで炒め、 食したりしています。 さて、 大東流の稽古では、 「みる」ことが 大事ですが、 これがやってみると 実は、 「みているつもり」 の場合がほとんどです。 これを実感し、 自身の人生を 振り返ったときに、 今まで長い間 なんとなくみて 生きてきたのだなと、 愕然とします。 そして、 慎重さが必要であることを 知ら

令和4年度諫早稽古会の 最後の稽古では、 一つの型を座りで一人づつ 古賀師範が稽古を つけて下さいました。 しかし、 この日はなぜでしょうか。 古賀師範の手を掴む前から 師範からただならぬ気が 醸し出されていたように感じ、 私の防衛本能からか、 腹の底から声にならない声が 自然と出てきたのです。 そして、掴んだとたんに 普段はでないような 野太い声がわが身から発せられ、 不思議な感じがいたしました

近所に養鶏所が何か所かある。 その入口に自動販売機で、 にわとりの卵が 新鮮たまごとして 販売されていている。 わかりやすく言うと、 「生産直売所」。 にわとりの姿は全く見えない。 工場外からウィルスや菌を 持込む小動物が侵入しないよう 窓も見当たらない。 外観からは、 とうてい多くの生き物が 暮らしているとは想像できない。 車で横を通ると 購入している人の姿をよく見かける。 そのたびに、 このよ

bottom of page