武術の必要性

今戦乱のない

一見平和と思われる

現代日本においては、

武術なんて必要ではないのではないか

と、おっしゃる方もいる。

しかし、

自分が思っているように

動けてない、

動かせてないことを

大東流の稽古を通して

真に知るうちに

ふと思う。

本当に今の日本は、

平和なのか?

自らを護って日々暮らして

いけているのか?

たとえば、

昔はなかった自動車などの

交通事故で命を落とすひとがいる。

最近は、

精神的に病むひとも増えている。

もしかしたら、

身体感覚が澄んでいれば交通事故を回避

でき命を守ることができたかもしれない。

精神力があれば病気にならずにすんだ

かもしれない。。

と思うと、

昔と今とでは、

生活様式の変化をとおして、

護身を必要とする状況が変わっただけで、

簡単に昔より平和だとは言えない

のではないか。

古来武術が伝えようとしている

護身の技は、昔から変わらず

現代人にも必要なものだと感じます。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い