回顧展で

ムーミンの作者、フィンランド人

トーベ・ヤンソンの

回顧展を観に出かけた。

どのキャラクターも興味深いけれど、

その中でも、

近年「ニョロニョロ」が、

自分のなかにもいるような気がしていたので

なんとなく、観に行こうと思ったのだ。

とはいえ、こどもの頃にアニメや絵本を読んで

いるだけで、正規の翻訳本は読んだことも

ないので、それほど詳しくはない。

それにしても、

展示の原画は、50年以上も前に、

白い紙に黒のインクで描かれた素朴なもの

だが、細かい線で描かれているからか、

空間やキャラクターのお茶目な雰囲気が、

今もなお、生き生きと伝わってくるのだった。

また作者のトーベは、画家でもあるので、

油彩画なども展示されていた。

(これも初めて知ったことだった。笑)

途中解説を読んでいると、

「ニョロニョロは、耳と口がないので、

 聞こえないし話すこともできないが、

 とても敏感で、感じて動くのだ。」

というような解説があった。

またムーミンは、

動物のかばのキャラクターを中心

にした物語かと思っていたら、

そうではなかった。

『森に住む、妖精たち』

の物語だったのだ。ハハ。。

なんだか、

ほかにも幼い頃のあいまいなままの

記憶で、不自由しなかったせいか、

いろいろと勘違いしているなあ…と感じた

回顧展だった。

機会があれば

オリジナルの翻訳本を読もうと思う。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い