変化に際し

か人生において何かが

変わろうとするときに、

周囲にあるモノも、

それに呼応するかのように

壊れる。。

破れる。。

外れる。。

たとえば、

今年に入って、

長年愛用していた服が

つぎつぎとほつれたり、破れたり、

タグがパラリと次々と外れていく。

心置きなく、新しいものに

買い替えがすすんでいきそうですね。

そういえば、

5年以上前に会社員をしていたとき、

会社を辞める数か月まえ、

このときはまだ辞めるつもりでは

なかったある休みの日、

自宅の黒電話器、

ノートパソコン

携帯電話の3つが、

落雷でもない穏やかな午後に

一度に壊れたことを思い出しました。

この時は、

ただ慌てて携帯電話を買いに走っただけで

本人は何も気づいていなかったのですが、

今思えばこれも会社員を辞める

前触れ的現象だったのかもしれません。

いつも慌てず、

思い込むことなく、

自分の身の回りの

些細と思われる変化にも

注意深くありたいものです。

今日はそんなことを思いました。(笑)

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い