手段にフォーカスすると

最近とある投稿記事を読んでいて

ある箇所が目に留まりました。

…手段にフォーカスすると

 目的への集注が損なわれます。…

なぜなら、

稽古でまさに

これをやってしまっているなと

ピン!ときたからです。

相手の手を動かそうとして、

いつしか相手の手ではなく、

動かそうとする自分の姿勢や

動かし方に注意が向く。

結果、

頭ではわかっているはずなのに、

相手ではなく、自分から動いてしまう。

なぜこんなことをしてしまうのか。。

どのようにして

相手を動かそうかという手段に気をとられ、

相手を動かすという相手への集中が

削がれてしまっているから

うまくいかなかったのだな。。

そんなことを思いました。

思ったからといって、

できるかどうかはまた別ですが。(苦笑。。)

自宅で、

寛ぎモードで記事を読んでいたら

このフレーズに目が留まり、

一気に稽古モードに引き戻されて

しまったのでした。

最新記事

すべて表示

重力へ反応し、 使われている筋力が あるのではないか。。 最近このように感じていたので、 ネット検索したところ、 厚労省のサイトに 行き着いたくらいなので、 身体学術系に詳しい方からすれば、 あたりまえのこと なのかもしれませんが(笑)、 そのような筋力が、 言葉としてあることを知らなくても そう感じていた私としては、 そうだったのかと感慨があります。 であれば、 筋力を使わないように 稽古してい

ようやく道場での稽古が できるようになりつつあります。 さて、 先日福岡道場で稽古のとき、 ほんの少しの違いで 相手への伝わり方が違うことに あらためて気づき、 「身体を正しく使う」 ことについて思いが巡りました。 今までは、同じ経験をしても ここまでの思いに至らなかった ということでもありますが。。(笑) 思わず稽古をつけていただいている 師範に 「いままで正しく身体を使うこと 教えてもらったこ

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ