弓と禅つづく

弓と禅についての続きです。

防府合気研究会の鹿丸さんが、

弓と禅を引っ張り出して読み直され

感じたことをブログに書かれている。

読ませていただき、

私もさらに共感した。

弓と禅にでてくる弓の師範が

作者である弟子に言う言葉は、

時を経、流派、場所を変え、

今私が稽古している道場の師範が

話すことと同じなのだ!

だから以前読めなかったこの本を、

今、実感を持って

読むことができたのだろう。

しかも、私だけではない。

そこで、

私たちの師匠に

弓と禅について尋ねてみた。

するとしばらく考えて、

『読んだことないね、

    知らないね~。。』

と素朴な回答があった。

こんなにも弟子たちに影響を与えて

いるにも関わらず、

何物にも縛られない自由な姿が

そこにあるだけであった。

素敵だ。。

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