小さなチャンス

私が大東流をはじめたきっかけは、

現在の住まいに引越したばかりの頃、

近くにある武道館横の歩道を歩いて

ふと顔を上げたときに、

武道館入口横の掲示板が目に入って

きたことからだ。

この掲示板に、

大東流合気柔術の募集があったの

だった。

その当時の私にとって、

道具を使わず、そして柔道のように

体力づくしでもないというのが、

やってみようかとの思いにいたる

動機となった。

現在、

6年前にあったこの掲示板は、

撤去されたままだ。

昔の私が

いま、同じ場所を通っても、

掲示板はないし、

武道館に目をやることもなく、

ただ、前を見て歩き

「暑いな~」と思いながら

素通りするだけだろう。

日常にある、

小さなチャンスに

気づいて行動することで

その後の人生が

大きく変わることもあるのだな。。

と感じる。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い