オリンピック柔道

普段はあまりスポーツ試合を見る

ことはないけれど、

オリンピックは、そんな私も

ついつい見入ってしまう。

大東流を始めてから白の道着を

着る習慣がついたせいか、

それともたまたまなのか。。

今回のリオ・オリンピックでは、

同じく道着を着用している柔道

の試合を見ている。

最初の軽量級では、双方ががっつり

組もうとしない試合続出のため、

これが柔道なのだろうか?

と素人ながら不安に思った。

しかし、重量級になってくると

この時間稼ぎ的俊敏な動きが減り、

組み手の柔道が多くなった。

本来の柔道を見させてもらっている

気持ちがして、ほっとした。

なぜなら、柔道のルーツが、

柔術にあるからということもある。

それから、今回柔道の試合を見ていて

気づいたことがある。

それは、

個人的に興味のある中央アジアが、

柔道に強いということだった。

興味のない人にはどうでもいいこと

でしょうけれど。。(笑)

そのなかでも、目に留まったのが、

男子100kg超級の

ウズベキスタンのタングリエフ選手。

見ればみるほど、ビジュアルが

日本人選手よりも日本人的に見えて

しまうのです。。

そんな日本とのつながりを感じさせる

タングリエフ選手、この後日本人選手

との対決となれば、どちらも応援して

しまいそうである。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い