大東流の稽古をはじめて
もうすぐ6年が経とうとする。
また、今年1月より新しい道場で
稽古をはじめ今月で半年が経つ。
以前の道場では、
主に身体づくりができた。
本当に大東流を始めた頃は、
身体が、とくに感覚がかなり鈍く
なっていることに気づかされる日々
が続いた。
そうするうちに、
身体と対話することも
できるようになった。
大東流の稽古を続ける理由は、
人それぞれあると思う。
それでは、格闘技好きでもない私が
なぜこんなに永く大東流の稽古を
続けているのだろうか。
自分でも不思議だと思うのだが、
振り返ってみるとやはり理由がある。
それは、
大東流の稽古を続けることで、
『新しい扉が開かれる』からだ。
しかも、
それは、決して押しつけがましくなく、
とても自然なかたちで現われるのだ。
現在稽古している道場では、
合気柔術の『気』について重点を
置いている。
気とは、どういうものなのか、
解るようになった時、
また新たな扉が開くのだろうか。
稽古の時には、このようなことを
考える余裕はとてもないけれど、
こうして、言葉にすると、
なんだかワクワクしますね。(笑)