大宰府へ

先日ひさしぶりに、

大宰府を訪れた。

大宰府天満宮までの参道は、観光客

それも中国や韓国人などのアジア系

観光客でたいへんな賑わいだった。

天満宮の少し先にある国立博物館の

特別展示を見るためだったので、

日常の延長的感覚で訪れていたところ、

この有様、

一気に私まで旅行者気分を味わわせて

いただいた。

天満宮の梅もあちこち咲いていて、

春の訪れも感じることができた。

特別展示は、

アフガニスタンの古代遺跡で発掘された

ものが並べられていた。

なかでも、古代遊牧民の有力者の墓に

から発掘された黄金の細かい細工が

施された装飾品は、素晴らしかった。

特に驚いたのは、靴底までがシート状に

のばされた黄金で作られていたことだった。

それは、現代の素朴一辺倒な遊牧民の

イメージを覆すものであった。

観終わって、

『 時代は移り変わる、

     これからも。。 』

ということを感じた。

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