紙のリサイクル

或るとき、市政だよりに掲載された

紙のリサイクルについて

「名刺大の大きさの紙から

 リサイクル回収できる」

ということを知り、

それまでは、

雑誌サイズ以上の大きいサイズの

紙類だけ集めていたのを、

日々発生する小さな紙類も出そうと

集めてまとめるようにした。

例えば、

郵便受けに投函されているチラシ類、

食品や雑貨類を包んでいる紙や小箱、

郵便物は、住所氏名など個人情報部分

は取り去って。

小さな紙類を集め出していると、

だんだん調子に乗ってくる。

そのうち、トイレットペーパーの芯

まで、収納袋に入れるようになった。

最初はトイレで使ったものなので、

衛生面から躊躇があったけれど、

紙資源の観点から見ると

最も適しているのではないかと思い、

続けている。

そして、二か月ほど貯まったものを

町内のリサイクルボックスに持って

行こうと見なおしてみて気がついた。

文字による個人情報はなくても、

どんな商品を食べたり使ったりしているか、

生活情報が満載なので、

町内のリサイクルボックスであれば

どこに住んでいるどんな人なのか

かなりの確率で

特定できそうだということに。

もちろん、実際にそんなことをする人は

いないでしょうが。(笑)

それはまた、

日常生活では、思っている以上に、

紙に密着した生活をおくっていることを

知らしめてくれた。

そして、

ペーパレス化が叫ばれて久しいけれど、

オフィスと違い、生活面では同じようには

いかないのだなと感じたのだった。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い