top of page

自我は必要ない

先日稽古が終わったあと、

市内の神社に神楽を観に行った。

神社の能楽殿に入ると、

懐かしく落ち着くような

しかし寛ぐ場所ではない

独特の雰囲気があった。

神楽を観るのは初めてだったが、

この日は、現代風にアレンジ

しているという。

普段は、神楽とは縁のなさそうな

舞踏家や歌い手も舞台に上がるとの

ことだった。

舞踏やダンスをみるのも好きなほう

なので、興味深々だった。

ところが、

いざ始まってみると

神社の能楽殿という場所が

圧倒的に勝っており、

その場所で、

人間が一生懸命に演じようと

動いたり歌ったりすればするほど、

場から浮いてしまうのであった。

ようやく、

雅楽師のかたが歌う御神楽に

場と演者との融合を感じて

聞き入ることができた。

こんなに違いが現れるのだな。。

と初心者ながら観比べてみて

感慨深く思った。

『神の場所に、

 人間の情は必要ない。』

こう、場所が言っているかの

ようだった。

そして、

ふと稽古のことを思った。

技の稽古においても、

自我を無くし、無の状態で

いなければならない。

(これがそう簡単ではない。)

相手を倒してやろう、

もっとしっかり立とう、

という自我は、

技に必要な自然な動きの妨げと

なるからだ。

私が、今回

この神楽を観にきたのは、

『自我は必要ない』

このことを、

もっと理解しろという

メッセージを受け取るためだった

のかもしれないと感じた。

最新記事

すべて表示

TV番組に

久しぶりの投稿です。 突然ですが、 明日夜19:00から TV朝日番組 出川一茂ホランフシギの会に、 古賀武光師範が出演されます。 気で人を投げる達人として 紹介されるようです。 大東流合気柔術光道で稽古し、 古賀師範の技を間近に 見ている門下生であれば、 納得のいくキャプションかと 思われます。 しかし、 ゴールデンタイムの全国放送番組で、 どのような編集がされているのか どういう反響があるのか

草刈り

今朝はいつもと違う 少しひんやりした空気でした。 まだまだ暑さも続きそうですが、 確実に自然は秋へ 向かいつつあるなぁと感じます。 自然が一歩先に秋に入りつつあるなか、 遅れて人間社会の夏があるようです。 そういう意味では、田舎に住んでいると 両方を味わえてお得ですね。(笑) それにしても、 夏は草木の成長が著しい、 私にとっては草刈りありきの日常、 普段よりも天気を気にしながらの生活です。 また

みること

春が一気にすすんで 菜の花が開花しているのを 見て楽しむだけでなく、 今年は摘んで炒め、 食したりしています。 さて、 大東流の稽古では、 「みる」ことが 大事ですが、 これがやってみると 実は、 「みているつもり」 の場合がほとんどです。 これを実感し、 自身の人生を 振り返ったときに、 今まで長い間 なんとなくみて 生きてきたのだなと、 愕然とします。 そして、 慎重さが必要であることを 知ら

bottom of page