箸の

稽古を始めて2年ほど経ったころ、

普段どおり夕飯を食べていた

ある日、

箸で食べ物をはさみ口に運んで

『何かいけない

動きをしている感じ。。』

を感じた。

 『ん?!』

また、同じように感じたので、

今度はゆっくりと、

箸で食べ物をはさみ口に運ぶ。

日頃はもちろん無意識でしている

動作で、考えたことなどこれっぽっち

もなかった。

これを、何度か繰り返しつつ観察

してみた。

そして、

『 箸の運び方がおかしい。』

ことに気づいたのだ。

これはどういうことかというと、

箸の持ち方はOK。

箸で食べ物をはさむのもOK。

その後、食べ物を口に入れる

入れ方が、問題だったのだ。

観察してわかったのは、

食べ物だけでなく、

はさんだ箸ごと口に押し当て

入れていたのだった。

小さい頃から箸の持ち方は

上手に出来ていたらしいので

気にしたことがなかった。

うまくいっていると

思っていたら。。。(恥!)

稽古で、

先生や先輩のご指導を受けながら

指先を意識して動かし、

自分の動きを正していく過程で、

こうした、日常生活での小さな動き

にも気づきが及ぶ。

小さい動きだけれど、

何十年も毎日気づかずにやり続けて

きたことについて、

こうして、気づかされたときの

ショックはかなり大きい。

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