何気ないところに

久し振りに百貨店に設置されている

一階から三階までの長いエスカレータ

を利用した。

もちろん、手すりにつかまることなく、

普通のエスカレータを利用するときと

同じように。。

実を言うと、入門する前の私は、

この長いエスカレータが苦手であった。

当時ヒールのある靴を履いていたせい

もあるのだが、エスカレータの半分

(ちょうど二階のところ)辺りで

エスカレータから落ちてしまいそうな

不安を感じていたからだった。

しかも、最初から手すりにつかまって

いたにもかかわらず。。

そして、『危ないな…』と思いながら

周りを見渡すのだが、皆リラックスした

表情で、私のように危険を感じている人

はいなさそうであった。

それでも、まだ足腰しっかりしている

はずの私ですら落下しそうになるのに、

ご年配の方々だと利用できないサービス

なのでは?

とか、

そもそも、階下から見上げるとかなりの

勾配もあるし、危ないですよ。

などと、店の方に言うわけではないが、

こっそり余計なお世話を焼いていた。

今思えば、当時身体バランスが崩れて、

長いエスカレータに乗っている時間すら

バランスを保つことができなくて、

危険を感じていたのだろう。

そんな私も、いつの間にか

今では危険を感じることなく、普通に

利用できている。

日常生活のこうした何気ないところにも

稽古を通しての成果が現れ、生活の質

が少しずつ上がるのだ。

最新記事

すべて表示

なぜ、大東流を続けているのか

なぜ、大東流の稽古を続けているのか。 一般的には、大東流は、 護身武術といわれていますので、 敵の攻撃から自分を護るための術を学んでいると いえます。 これが、実は私にとっては、 なんとなく腑に落ちていない感じがして、 大義名分的に言っている感じがありました。 というのも、 私は戦いに興味がありません。(苦笑) ですから、敵の攻撃から自分を護るという発想に 馴染みもありません。 ところが、 最近こ

道場でなくとも

いつもより早い梅雨の合間の晴れの日、 この貴重な晴れの日を逃さないとばかりに、 あちらこちらの畑であわただしく 麦が刈り取られている音がしています。 私は、家のなかで 錦戸無光先生の「合気の極み」を 読み返しています。 そのなかで、 「地球に立つことができない人は、 大地によりかかっているので 大地を活かせません。」 に、目が留まりました。 そして、 わが身に振りかえり浮かんできたのは、 私は、自

さわやかな五月

近くの麦畑も穂が出揃い 畑が満ち満ちています。 そして、 黄金色に色づきはじめた穂が 風になびくと穂波があらわれ それはそれは、 壮観な眺めです。 ツバメの姿も見え始めました。 そんな、いつもとかわらない 自然にホッと 気持ちが癒されます。 ところが、 人間社会は、 あいかわらず 新型コロナの影響で、 健康なひとも、 呼吸すらマスク越しです。 これは、異常事態です。 しかし、自宅周囲の自然は、 い