自然に還りつつ

諫早の実家には、

両親が暮らしている。

来年で80歳になる父は、

それまで仕方なくやっているようにみえた

庭仕事を、ここ数年精を出してやっている。

というか、

睡眠と食事以外の時は、晴れていれば

どんなに寒くても、家の中ではなく

庭のどこかにいる。

そのせいか、日に焼けて肌が土色だ。

人間は、土からできているというのを

聞いたことがあるが、それが本当だ

と思わせるほど迫力がある。(笑)

そしてある時、

しゃがんで庭仕事をしている

父の後ろ姿を見て驚いた。

その姿は、まるで幼子のように土と

一緒にたわむれているように感じられた

からだ。

土と友情関係を結んでいるかのように。

こうして、人間は少しずつ自然に誘われ

還っていくものなのだな。。

と深く感じさせる、

でも、不思議な姿であった。

また、最近はどこからか、

白い猫がやってくるらしい。

適度な距離をとりつつ近くに寄ってきては、

ジッと庭仕事の状況を見ながら、毛づくろい

をしたりして寛いでいくそうだ。

さらに、その猫は、

父がゴルフの球うちの練習をしていると

打った球を追いかけてくれるそうだ。

おかげで、

打った後、球を見失ったときは、

その猫の動きを目で追えば、

球の落ちた場所がわかるから助かると、

父が言っていた。

自然に還っていっているとはいえ、

庭に常駐するようになってからの父は、

パワーアップし、元気一杯で、

昨日もゴルフ場に出かけていった。

ん~

ありがたいありがたい。。

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