入門するまで

そして、見学をさせていただくため、

稽古場である武道館を訪れた。

横の歩道はよく通っていたが、中に入るのは初めてであった。

近所に住む付添いの友人とともに、

少し緊張しながら、館内に入った。

場内では、居合や柔道の団体も稽古をしていた。

「エイっ!」と言う声や、

柔道の先生が指導する大きな声や

稽古するこどもたちの声やらで活気にあふれていた。

そんな中、

一番奥の場所で大東流の稽古が静かに行われていた。

道場長に挨拶をして、話をお聞きしながら見させていただいた。

たまに手で技の一部を体感させてもらいながら。。

あまり力は入れていないように見えるのに、

何回やっても、いとも簡単に崩されてしまう。

なんでだろうっ??!

不思議で仕方ないまま見学を終えた。

そして、訳もわからず崩されて終わりでは、

当然、納得できない自分がいた。

その不思議のしくみを知らなくてはっ!

そのためには、やってみるしかないと思い、

入門を決めた。

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